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昌平君×オリキャラ/総司令と彼女の朝

主の長く艶やかな黒髪に、ゆっくりと櫛を通す。いつもはスッと流れるように軽やかに通る櫛が、その朝は髪に絡まり彼女の手を止めた。
「っ…」
主が僅かに喉を鳴らして眉をしかめたのを感じ取り、彼女は慌てて主の髪をいたわるように手を触れる。
「も、申し訳ありません…‼私が不器用ゆえに‼痛みはございますか‼?」
「いや…平気だ。続けていい」
主…秦軍総司令・昌平君は、かぶりを降って再び彼女の掌に頭を預けた。
「詩乃」
「は…はい」
「…傷んでいるか、私の髪は」
主の問いに、ややバツが悪い気分で詩乃は答える。
「…少々。致し方ありません。連日の軍議で、満足にお休み頂けていないのですから」
詩乃の言葉に昌平君は溜め息をつく。
「碌に身嗜みの整わぬ姿で王の御前には出られぬし、他の文官や兵達にも示しがつかぬ。更には他国の使者にも舐められる」
総司令、そして右丞相としての主の気苦労を、詩乃は慮った。
「では…市に行って参ります」
「市に?何かあるのか」
怪訝そうに訊き返す昌平君に、詩乃は微笑みながら返す。
「何でも、椿の花を使った髪油が大層人気なのだとか。とても良い香りだそうで、咸陽の女性がこぞって買い求めているようで…昌平君様も試しにいかがでしょうか」
「興味はあるが…男の私に使っても良いものか?」
やや躊躇うように問う昌平君が何だか可愛らしく、詩乃は弛む口元を手で抑えながら答えた。
「えぇ、大丈夫ですよ‼昌平君様にならきっとお似合いです」
「ならば、頼んだ。全く、髪の調子など本当ならば眠りで回復したいものだがな…そうする為にはこの私が更に眠りの時間を削らねばならん。ままならぬものだ」
彼らしからぬ愚痴をこぼした後、昌平君はふぅ、と息をついて眼を閉じる。
やがて詩乃が昌平君の髪を結い終わる。
「…お疲れ様です」
二重の意味を込めて、詩乃は主に告げる。
目を開き、スッと立ち上がり王宮へと向かう準備をする昌平君の眼は、既に冷徹な総司令のそれへと変わっていた。
「ご苦労。…今宵も遅くなるだろう。お前は早く休んで良い」
「はい。お気をつけ下さい」
踵を返し、力強い足取りで王宮へと向かう主の姿が見えなくなるまで…見えなくなっても、供手しながら深々と頭を下げ続ける。
自分が少しでも、秦の国運を背負い日々戦い続ける主にとって、心も身体も安らぎになる事。
それが詩乃の、心からの夢だった。
「(中華の統一と同じくらい、大それた夢かもしれない)」
それでも、本気だった。
朝の仕事に取り掛かりながら、先程の主との約束を思い出す。
椿の上品な香りは、主によく似合うだろう。
そんな事を考えて口元をほころばせながら、今日も彼女の1日が始まる。
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